セミナー資料とQ&A

2023年1月29日に行った「多読実践セミナー 多読の授業と多読の要素を取り入れた授業の実践」で使用したスライドを共有します。また、セミナー中に取り上げることができなかった事前質問と当日質問に対しての回答を掲載します。

セミナーでのスライド

セミナーで取り上げられなかったQ&A

<事前質問>

Q1

「50人のクラスの場合、多読をどう取り入ればいいでしょうか」

「初級者でもできますか」

A1

多読では学習者が自分のレベルに合ったものを各自が読むので、基本的にはどのようなレベルの学習者が何人参加していてもできます。ひらがな・カタカナが読めない0初級の学習者には文字入りの読み物は難しいので、文字学習が進むまでは字のない絵本などを読むとよいと思います。1クラスの人数が50人程度と多くなると、読み物の数が足りなくなるので、複数冊準備しておく必要があります。書籍を1セットだけ用意し、あとはウェブの無料読み物を印刷して補完する方法もあります。

Q2

「どうしても多読(読書)に興味を示さない学習者もいると思いますが、どのように指導されているでしょうか」

A2

大学の授業など学習者がその授業の履修を選べる場合は、最初のオリエンテーションで十分に多読の授業であることを説明しておく必要があります。学習者に選択の自由がなく動機づけが低い学習者が多読をしなければならない場合は、過去の学習者で評判のよかった読み物を紹介してはどうでしょうか。学習者が「おもしろい」「勉強になりそう」と思えば、次の本に続いていくと思います。それでも興味を示さない場合は、多読の効果を客観的な数字を用いて紹介すると、意味を見出してくれるかもしれません。動機は人によって違うので、その学習者の動機付けをくすぐるような工夫が継続的な読みには必要ではないかと思います。

Q3

「高校でゼロからの日本語学習者向けの授業に関するアドバイスを伺いたいです」

「子どもにさせる場合のポイントや注意点など」

「取り出し指導でなく、在籍学級で多読に取り組んでもらうためには、どのような助言が有効かについて教えていただきたいです」

A3

高校生であれば、成人の学習者とそれほど変わらず実践できるのではないでしょうか。ゼロ初級の場合は、高校生でも成人でもあまり状況に差はないように思います。ゼロ初級への多読については、後の記述をご覧ください。読むものについては、高校生が好きそうな話題の本を選ぶとスムーズに進むと思います。

より年齢の若い児童・生徒に多読を行う場合は、集中力が続かないので、時間を短く切って行う必要があります。また、読み聞かせをしたり、内容について口頭で話してもらったりするなど、教師の介入も多くなるでしょう。取り出し学級ではなく在籍学級で多読に取り組むのは、難しいかもしれません。ただ、たとえば「走れメロス」など、国語の教科書にも取り上げられていて、多読の読み物にもあるような作品の場合は、外国人児童生徒は多読向け読み物で読んで内容を理解し、日本人児童との話し合いに参加するということは考えられます。

「朝の10分間読書」など学級全体で読書の時間があるのであれば、そのときに学習者は多読向けの書籍を読むと良いと思います。また、学級文庫に多読の書籍を入れておくと、日本人、外国人区別なく読めます。学習者向けの多読読み物であっても、言語に配慮がされているだけで、母語話者が読んでもおもしろいものはたくさんあります。

Q4

「授業での具体的な扱い方や初級クラスでの扱い方について聞きたいです」

A4

実際の実践方法はセミナー中に説明した通りですが、初級の学習者の場合は読めるものが限られます。NPO多言語多読のレベル別読み物のレベル0であれば、初級後半の学習者でも読めるレベルです。初級前半の学習者に対しては、先にも述べたように字のない絵本を使ったり、谷川俊太郎『へいわとせんそう』のような文字が少ない絵本を使ったりする方法があります。多読の授業とは別に文法の授業などがある場合は、その授業が進むにつれて読めるものも増えていきますし、反対に多読が文法などの授業に先行して進んでいくことも考えられます。

Q5

「私も通常日本語授業で、学生と多読と多読の読み物作成をしているので、どのような作品の仕上げ方をしているか、教師の介入はどこまでするかなど、興味があります」

「私が担当しているインドネシア語のクラスでは学習者による読み物作成の取り組みをしています。初級のレベルでやっておりますが、やってみたところまだまだ読み物作成のために学生の言語能力がついていない現状があって苦戦しています。学習者、あるいは学習者と支援者共同による読み物作成は、どのレベルで始めればいいとお考えでしょうか」

A5

私も学習者の書いた昔話などを読み物として作り上げることがありますが、学習者の書いた物を読み物にする場合、2つの考え方があると思います。一つは、あくまで学習者の作品として扱ってできる限り手を加えない方法、もう一つは、原作は学習者の作品であるが十分に手直しを加える方法です。読み物として使用する際に、前者であれば学習者の作品であることを前提に読ませる、後者であれば母語話者の作品と同等に扱って読ませるとよいと思います。ただし、学生の著作権に配慮する必要があります。

初級など、言語能力、特にアウトプットの能力が充分ではない段階で読み物を作るのはかなりハードルが高いと思いますが、絵や写真を効果的に使うことで単語だけでも読み物は作れると思います。その好例が「字の少ない絵本」です。谷川俊太郎『へいわとせんそう』のようにはいきませんが、限られた言葉と絵を効果的に使う方法は参考になります。ただし、絵や写真を多用して読み物を作る場合、目標言語の使用は限られた少数の単語だけにとどまるので、言語の授業としては物足りないかもしれません。初級なら初級の、中級なら中級の読み物の作り方があると思うので、それぞれのレベルに合った読み物作りの形を検討してはいかがでしょうか。

Q6

「おすすめの多読本(レベル別教材以外に、市販のもので、留学生が読みやすく好評なもの)も教えていただきたいです」

A6

私がよく使うシリーズを列挙します。

・絵本(字がない絵本、字が少ない絵本、ヨシタケシンスケなど最近話題の絵本)

 NPO多言語多読に絵本の紹介ページがあります。

・「10分で読める〇〇」シリーズ(学研)

 小学生の朝の10分間読書に向けたシリーズで、1年生から6年生まで学年別に構成されています。母語話者対象の読み物なので、1年生向けであっても初級にはハードルが高いですが、学習者向けの読み物と母語話者向けの読み物の橋渡しとして役立ちます。複数の出版社が同様のコンセプトのシリーズを出版しています。

・「5分後に意外な結末」シリーズ(学研)

 中高生向けのシリーズで、これも10分間読書を視野に入れているため一つの話が読み切りで短く、読みやすいです。漢字のふりがなが少ないこともあり、中級後半以上でないと途中で挫折します。

・「54字の物語」シリーズ(PHP)

 その名の通り、本文が54字で構成されており、54字の文章に対する解説があります。意味がわかるとおもしろいですが、高度な推測力が要求されます。総ルビです。

・「かがくのとも」シリーズ(福音館書店)

 年少者向けの科学絵本シリーズです。月刊でバックナンバーが多く、話題が多岐にわたるので、探せば自分の興味のあるものに出会えます。ただし、一定の分量を揃える必要があります。

Q7

「授業の外で多読に取り組む場合、学生のモチベーションをどのように維持することができるのか(何回ぐらい『多読の会』を行い、あとは、自分で継続してもらうように導けるのか)、授業の中で取り組む場合、評価はどのようにすればいいのか、など、具体的な実践例をお伺いして、自分たちもやってみたいと思っています」

A7

私の経験の範囲ですが、授業で一生懸命多読をしても、授業が終わったら読むことをやめてしまう学習者がほとんどです。もともと母語でも読むことが好きな学習者は授業での多読が引き金となって日本語の本もどんどん読むようになることもありますが、母語でも読む習慣がなかった学習者が日本語で多読をしたからといって読む習慣がすぐに形成されるわけではありません。余暇はスマホに奪われます。授業外での多読を促すには、課題として課すなど、それなりの強制力が必要だと私は思っています。ただ、電車の待ち時間などちょっと空いた時間に(スマホでゲームをする代わりに)読み物をひとつでも読んでみようかなという学習者はいると思うので、そのようなニーズに応えられるようにスマホで読めるウェブの読み物を勧めるとよいと思います。「たどくのひろば」もそのニーズに応えられるようにしています。評価については、セミナー中にご説明した通りです。

Q8

「多読の発展授業の例などがありましたら、お聞かせいただけるとありがたいです。お勧めの本を紹介する、そのポップを書いてみる、読んだ本の内容をまとめて伝える、などを試みたことがあり、学習者は楽しそうに取り組んでいましたが、そういった活動についてどのようにお考えか、お聞きしたいと思います」

A8

読みをきっかけとした活動はいろいろなものがあるとよいと思います。実践なさっている「お勧めの本を紹介する」「ポップを書いてみる」というような活動は、他の学習者に影響を与え次の読みにつながる活動なので、「読み→活動→読み」のよいサイクルができるのではないかと思います。読むことはもちろん重要ですが、授業、特に対面の授業においては他の学習者との読みにまつわる活動が動機付けを高めることに大きな意味を持つはずです。「読んだ本の内容を伝える」だけでもインプットした情報を再構成しアウトプットにつなげることになり、その際に知らなかった言葉を再確認したり、内容を正確に理解し直したりするので、言語面での向上にも意味があると考えます。

Q9

「多読を取り入れた授業の中で、読書記録をオンライン(Moodle)で提出させています。現在は掲示板書き込み式のようにしていて、教員の確認の負担を軽減するようにはしていますが、学習者にとってはあまり魅力的な仕組みではないように思っています。何かいいアイデアをご紹介いただければ幸いです」

A9

私も、遠隔授業のときにも対面の授業のときにもオンライン(Microsoft Forms)で読書記録を提出させたことがあります。また、感想をSlackで投稿するということも試してみましたが、どちらも今ひとつな感じでした。読んだ本を記録するだけなら、オンラインでの入力でも手書きでも学習者にとってもそれほど負担はないと思いますが、コメントや感想を書くとなると、どちらの手段においても負担感は増します。負担が多いと、最初はがんばって書くかもしれませんが、そのうち積極的に書かなくなります。積極的に書きたくなるような工夫が必要ですが、いいアイデアが思いつきません。どなたかアイデアをお持ちでしたら、教えてください。

Q10

「読みものに対する学習者の反応や感想を聞いてみたいなと思います。また、学習者の声をどのように読みものづくりに反映させているのかについて、ぜひ教えていただけたらありがたいです。例えばこういう読みものを学習者が望んでいたとか、そういう調査をもしなさっていたらぜひ共有していただけたら幸いです」

A10

読み物に対する学習者の反応は人それぞれです。学習者が手に取る本も人によって違いますし好みも違うので一概にこうとは言えませんが、よく聞くのは、怖い話が好きという声です。また、多読読み物で「走れメロス」を読んで「めちゃくちゃおもしろかったから、オリジナルを読もうと思う」という学習者(フィンランド出身)がいました。この例に限らず、名前は聞いたことがあるけれど読んだことがなかった文学作品は興味を持つ学習者が多い印象です。作品を作る際の学習者からのニーズですが、今のところ吸い上げていません。ニーズには応えたいところですが、ひとまず作成側から多彩なものを準備しようというスタンスで作品を作っています。

<セミナー時の質問>

Q11

「授業中、学生が本を読んでいる間先生は何をされていたのでしょうか。机間巡視とかでしょうか」

A11

学習者がどんな読み物を読んでいるか、観察しています。そして、レベルが高そうな読み物を読んでいるときは、声をかけて無理がないか確認します。また、学習者が本を読み終わって、次の本を取りに来るタイミングで、読んだ本の感想を聞いたりしています。「リーディング・ワークショップ」のような活動を行いたいですが、そこまでは至っていません。

Q12

「多読クラスで本を並べる点について、先生のクラスでは、一冊ずつそろえていらっしゃるのでしょうか」

A12

私の場合、受講者数が50名程度になる場合があるので、3セット準備しています。また、図書館に頼んで電子版を購入してもらい、自宅でも読めるようにしています。これらのものを一度には揃えられないので、数年かけて少しずつ環境を充実させています。

Q13

「英語の多読のための書籍や資料、サイトなどがあれば、教えていただくことは可能でしょうか」

A13

以下の書籍やサイトが参考になるかと思います。NPO多言語多読は、「多言語」なので、英語多読についての情報もたくさん発信なさっています。

書籍:

Richard R. Day, Julian Bamford (1998) “Extensive Reading in the Second Language Classroom”, Cambridge University Press, New York

サイト:

https://erfoundation.org/wordpress/

https://sites.google.com/site/erfgrlist/

https://tadoku.org/english/

Q14

「(吉川の発表について)クラスに初級から上級レベルまでの学生が混在していたと理解しましたが、何か特別な意図がおありだったのでしょうか。また、異なるレベルが多読クラスで一緒に学習することにより、何か特別な効果等が見られましたか」

A14

意図してレベル縦断型にしたわけではなく、縦断型にせざるを得ない状況があり、やってみたところ意外に問題なくできたというのが正直なところです。多読は学習者主体で自分で好きな本を読むので、レベルや人数の縛りは緩いと思います。異なるレベルの学習者が混在する利点や効果は、あまり感じません。逆にブックトークなどグループ活動をするときには、日本語レベルを合わせてグループに分ける必要があり、少し手間がかかります。ただ、漢字圏学習者を代表に、文法能力や会話能力を中心とした日本語レベルと読みのレベルが合致していない学習者も多いので、他のクラスでは初級のレベルの学習者が多読では中級の本を読んでいるということはよくあります。また、通常の授業では違うレベルの学習者が同じクラスにいたり、交流したりする機会はあまりないので、そういった意味では学習者に新鮮なようです。

Q15

(吉川の発表で説明した多読の効果について)このような効果は、単に多読活動だけを行った場合の効果というより、定期的な普段の授業に多読活動をプラスした場合の効果ということでしょうか。趣味で学ぶ学習者や独学で学ぶ学習者などが、多読クラブなどで多読活動のみを行う場合の効果については、どのように考えますか(特に学習歴が浅い初級前半の学習者の場合)」

A15

今回紹介した私の調査は、調査のために行った多読活動の結果です。詳細な分析はまだですが、印象を述べると、ある程度自国で日本語を勉強してきて日本に来たばかりの学習者や、初級を修了して中級に入ったばかりの学習者、口頭練習は多くしてきたが読むことはあまりしてこなかった学習者などに短期集中的に多読を行うと、読みの能力はもとより、その他の日本語能力も相乗的に向上するブースター効果が見られるのではないかと感じています。他の日本語授業がなく、多読だけを行った場合も効果は期待できると思います。ただ、初級前半の学習者についてはインプットできる日本語が限られているので、劇的な効果は見込めないと推測します。いずれにしても、詳細な検証が必要です。

Q16

「(吉川の発表のスマホ使用禁止に関連して)例えばweb素材の読み物も活用する際に、パソコンだけ使用許可にするという工夫をされていますか。対面授業に戻ってきて、パソコンを持参していない学生もいますので、どうしてもスマホに頼るケースもあるかと思います。

A16

私はウェブ素材と冊子素材の役割を完全に分けています。今は授業が対面でできるので、対面では冊子の読み物のみ使用しています。ウェブ素材も印刷して物理的な物にして並べ、授業では電子機器を全く使わない環境にしています。デジタル素材は、宿題など冊子が利用できない場合にのみ使用しています。

Q17

「読後のシートや読書記録のシートというのは、参考にできるテンプレートの材料sourceがあれば教えていただければ幸いです」

A17

簡単なものですが、私が作ったものをこちらに共有します。使いやすいように加工して、ご自由にお使いください。

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